「蔵のまち喜多方」といわれるように喜多方にはたくさんの蔵があります。なぜこのようにたくさんの蔵がつくられたのでしょう。
それは明治13年におきた大火がきっかけでした。一面焼け野原になった中で、蔵は焼け落ちずに残っていたのです。人々は蔵の耐久性を知り、それからというもの普通ならば倉庫として用いる蔵を、住居(座敷蔵)や店舗(店蔵)など様々な形で用いるようになりました。
昔は「蔵の一つも建てられないようでは男ではない!」といわれ、蔵を建てることが当時の男達の夢だっだようです。
喜多方ラーメンは蔵があってこそ有名になったといっても過言ではありません。なぜなら蔵の写真を撮りに来ていた観光客の口コミで喜多方ラーメンのおいしさが伝わっていったからです。また、蔵の中には醸造蔵もたくさんあり、ラーメンスープの原料となる、おいしい味噌や醤油がつくられていました。
「蔵のまち」はどの辺にありますか?
時々お客様に質問される事があります。「蔵のまち」とは喜多方市のことをさすので、喜多方市の中に「蔵のまち」という場所があるわけではありません。今は昔より蔵の数も少なくなり場所も点在しているので間違ってしまう方もいらっしゃるようです。もし、わからなくなってしまったら地元の人に聞いてみるのもいいでしょう。普通の民家の蔵もあれば、有料ですが中を見学できる豪華な座敷蔵など色々とありますよ。